時間とお金、どちらが尊い?
今日の日記帳では、
豊かさの優先順位
について考えてみようと思います。
豊かさに優先準備なんてあるの!?
という印象を与えてしまうかもしれませんね。
これには、こう考えたきっかけがりまして、
私のプロフィールを見た方から、
よく聞かれる質問について。
その質問とは、
「80カ国に行って、いちばんよかったことは何ですか?」
絶景の数々、
それぞれの土地の豊かさ、
異なる文化との出会い。
どれも心に残っていますし、
また行きたいと思える場所も
たくさんあります。
でも、私が世界を旅して
最も深く刻まれた真実は、
もっとシンプルなことだったんです。
「時間は、世界中どこでも、同じ速さで流れている」
ハワイにいても、
インドにいても、
スウェーデンにいても。
時間だけは、誰にとっても、
どんなお金よりも尊い。
こう感じるようになりました。
じゃあ、
そういう場所に行くためにはお金が必要だから、
やっぱりお金がないといけないよね!?
と、お金の話に進むのではなく、
もっと根源的なことを考えたい、
というのが今日の日記帳のテーマです。
キリスト教は「時間を買うこと」を禁じていた
社会学者・酒井隆史氏の著書
『ブルシットジョブの謎』に
こんな言葉があります。
“「キリスト教では、時間を買うことが神への冒涜として長い間許容されていませんでした(だから利子も禁止されていました。時間が富を生むのですから)」”
「時間が富を生む」とは
なんとも優雅な感覚だなぁ、と思いました。
しかも、
時間を「所有」したり
「売買」したりすることは、
神の領域を侵すことだ、と。
でも、この考え方には、
じつは大切な問いが隠れています。
あなたは今、
自分の時間を誰かに売っていませんか?
バガヴァッド・ギータが語る「時間」の本質
インドの聖典『バガヴァッド・ギータ』の中で、
登場人物のクリシュナは
アルジュナにこう告げます。
「過去を悔やむな。未来を案じるな。今この瞬間に、全力で、執着なく行為せよ」
(第2章・ニシュカーマ・カルマの教え)
これは「なんとなく今を生きろ」
という意味ではありません。
今という時間に、魂ごと存在しなさい
と言っています。
インドの古典では、
時間(サンスクリット語でカーラ)は
神さまであるクリシュナそのものの顕現です。
第11章でクリシュナは
「私は時間そのものだ」と宣言します。
つまり時間とは、
消費するものでも、
節約するものでもなく、
神聖な流れそのものなのです。
飛行機の遅延が教えてくれたこと
冒頭の旅行つながりで言うと、
私は毎月のように飛行機に乗ります。
そして、時々遭遇するのが、
航空会社の都合や天気による遅延。
加えて、現地の渋滞を
「完全に」コントロールすることはできません。
プライベートジェットを所有すれば、
遅延のリスクは減るかもしれませんね。
でも、
到着先の渋滞は? 天候は? 体調は?
お金でリスクを下げることはできても、
時間そのものを買うことは
できないと思うのです。
これはギータの言葉でいえば、
「結果への執着を手放せ」ということ。
飛行機が遅れても、
それに対してイライラすることは
今この瞬間を失うことそのもの。
時間とお金、どちらが尊い?
「時間>お金」だと思います。
なぜなら、
お金は失っても、また稼げます。
仕事も、関係も、場所も、変えられます。
でも時間だけは、一秒たりとも取り戻せませんね。
それなのに私たちは、
お金に関する話題は取り上げるのに、
時間の話をしないのでしょう?
インドの古典では、こういいます。
人は自分の本質(アートマン)を見失うとき、
外側のものに価値を置きすぎる、と。
お金、地位、承認。
それらは本来、ツールであるはずなのに、
いつの間にか目的になってしまう。
時間を大切にするとは、つまり、
自分の魂が本当に望む方向に、
人生を使うということ。
あなたの時間は、あなたの魂の声を聞いているかな?
「もっとうまくやれたら」
「変われたら」
「あの人みたいになれたら」
そんなふうに
過去や未来に時間を消費していませんか?
ヴァガバット・ギータのクリシュナが教えるのは、
変化そのものへの恐れを手放し、
今この瞬間に自分の役割(ダルマ)を
誠実に生きることです。
あなたの身体が、心が、
今日どんなサインを送っているか?
そこに耳を澄ませることが、
魂の声を聞く第一歩です。
もし「自分が本当に何を望んでいるのか分からない」
と感じているなら、
まず魂の声診断を試してみてください。
あなたの身体のサインから、
心の奥の声を読み解くヒントをお渡しします。
by Jessica Kato 加藤ジェシカ