直感を信じる生き方へ。アーユルヴェーダが教える本音とつながる方法
直感を信じることは、わがままではない
私は過去に、
周囲から良いと言われる仕事に就いて、
羨ましがられる場所に住んでいたにもかかわらず、
少しも幸せ感じることができませんでした。
「幸せの定義が人によって異なるから他人から共感を得られなかった」
ということではなく、
自分がその場所にいて、
その仕事をしていて、
その生活をしていて
心地よいと思うことができなかったのです。
この日記帳を読んで下さる方の中にも、
周囲から羨ましがられる仕事、住まい、生活。
それでも心のどこかが満たされない感覚を、
抱えたことはないでしょうか。
それは、あなたの感受性が鈍いからでも、
贅沢な悩みだからでもありません。
アーユルヴェーダの視点から見れば、
それは
身体からの正確な情報を、
長く無視してきた結果に過ぎないのです。
「正しい人生」を選んでも、満たされない理由
社会的に評価される選択を積み重ねることと、
自分の魂が本当に望んでいることは、
必ずしも一致しません。
冒頭の通り、私自身は、
周囲へ良い印象を与えることをしていたのに、
その生活に心地よさを感じられずにいました。
それは、外側の基準に沿って生きることと、
内側の声に従って生きることの間に、
大きな乖離があったからです。
直感とは、身体からの情報である
インド哲学には、
「私たちは、何かを成し遂げるためにこの身体を選んで生まれてきた」
という考え方があります。
この視点に立つと、
直感とは偶然の思いつきではなく、
身体という装置が魂の目的に沿って発している、
精度の高い情報だとわかります。
頭で考える前に、
身体がすでに答えを知っていることは、
少なくありません。
アーユルヴェーダが教える「消化」という視点
アーユルヴェーダでは、
消化力(アグニ)は食べ物だけでなく、
経験や情報を取り込む力そのものを指すとされています。
目の前の選択肢を、
頭で判断する前に、
身体がどう感じているかを観察すること。
それ自体が、消化力を整える実践なのです。
拙著『理想の自分に近づくアーユルヴェーダ式5日間腸活』でも、
この「選ぶ段階」から消化が始まっている
という考え方を紹介しています。
旅先で気づいた、本音の見つけ方
先日訪れた香港で、
私はガイドブックのおすすめよりも、
朝市に並ぶ野菜や果物を眺めることに心を惹かれました。
有名なレストランへ足を運ぶことよりも、
その場の空気や光、
匂いに従って歩くことのほうが、
はるかに満たされる感覚があったのです。
旅先では、五感で選ぶという小さな実践を、
日常よりも自然に行うことができます。
それは、身体が発する情報に、
意識を向け直す機会でもあります。
本音は、探さなくても、もとからそこにある
直感を信じることは、
計画や努力の対極にあるものではありません。
むしろ、
身体が発する情報を丁寧に受け取り続けた先に、
自然と現れてくるものです。
魂の願いは、遠くに隠されているのではなく、
すでにあなたの中に存在しています。
それを思い出すための実践に、
特別な場所も、
大きな決断も必要ありません。
私たち一人一人、
魂が異なるので、
つながりを思い出す方法は、
人それぞれです。
ぜひ、あなたにとって、
1番の方法を探してみてください。
魂の願いと共に生きることは、
本当に可能なのですから。
By Jessica Kato 加藤ジェシカ